「ゴジラ-1.0」米アカデミー賞視覚効果賞で日本映画初ノミネート入り「新しい扉が開いた感じ」
2024/01/23

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米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは23日、第96回同賞のノミネートを発表し、ゴジラ生誕70周年記念映画「ゴジラ-1.0」(山崎貴監督)が視覚効果賞にノミネートされた。23年12月21日(日本時間22日)に発表した同賞のノミネート候補10作品に残り、ショートリストに選出されたが、そのこと自体、日本映画では初めてだった。

監督・脚本・VFXを担当した山崎貴監督(59)は、この日の発表を前にロビー活動の一環で渡米していた。12日からモノクロ版「-/C」の上映が始まったことと大ヒットを記念して同日、都内で行われた大ヒット御礼“白黒”舞台あいさつには、リモートで参加していた。配給の東宝を通じ、コメントを発表した。

「まさかオスカーに絡むことができるとは想像してなかったです。ゴジラを作った時も全然想像してなかったので、凄く嬉しいです。新しい扉が開いた感じです。白組のみんなが頑張ってくれたことなので、感謝しながら、本戦に向けてアメリカに渡りたいと思います。40年ぐらいVFXをやっていて、こんな未来が待ってるとは…。若い頃のじぶんに聞かせてあげたいです。ここから先は、オスカーの雰囲気を楽しみたいと思います」

「ゴジラ」は製作・配給の東宝が1954年(昭29)11月3日公開の「ゴジラ」(本多猪四郎監督)から「ゴジラ-1.0」まで30作を製作、配給してきた。「ゴジラ-1.0」の撮影は22年3~6月に終え、VFXを製作し、本編は23年5月に完成。

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日本国内では、1954年(昭29)の初代「ゴジラ」(本多猪四郎監督)の公開日と同日の23年11月3日「ゴジラの日」に公開された。神木が戦争から荒廃した日本に生還も両親を失った敷島浩一を、浜辺美波(23)が焼け野原の戦後日本を単身で強く生き、戦争帰りの敷島と出会う大石典子を演じた。敷島はゼロ戦の操縦士で、機体に不備があると偽り特攻を回避した島が、ゴジラに襲われながらも生き残る。悔恨の念を抱き帰京すると、他人に赤ん坊を託され身寄りもない典子が自宅に押しかけ、血縁がないながらも、ようやく生き直そうとしている中で東京に上陸したゴジラに典子が襲われ、最終的にゴジラ討伐作戦に参加する。

日本国内では、封切りから前日11日までの70日間の国内での興行収入(興収)52億1000万円、観客動員339万人を突破したと発表された。また、同12月1日から邦画実写史上最大規模となる2308館で公開した北米でも、興収は19日時点で3605万ドルを突破。5日に全米での興行収入(興収)が1436万ドル(約21億円)を突破し、日本で86年、北米で89年公開の映画「子猫物語」が記録した、1329万ドルを34年ぶりに塗り替え、邦画実写映画として歴代1位となった。10日までの41日間で興収4974万ドル(約728億円)を突破し、アニメを含めた日本映画の興収で歴代2位となった。さらに、日本を除いた世界興収も6110万ドル(約88億円)に上り、全世界興収も140億円を突破した。

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◆「ゴジラ」 製作・配給の東宝が、1954年の「ゴジラ」から「ゴジラ-1.0」まで30作を製作、配給してきた。主演の神木隆之介(30)が戦争から荒廃した日本に生還も両親を失った敷島浩一、浜辺美波(23)が焼け野原の戦後日本を単身で強く生き、戦争帰りの敷島と出会う大石典子を演じた。撮影は22年3~6月に終え、VFXを製作し、本編は5月に完成した。

◆「ゴジラ」 製作・配給の東宝が、1954年の「ゴジラ」から「ゴジラ-1.0」まで30作を製作、配給してきた。主演の神木隆之介(30)が戦争から荒廃した日本に生還も両親を失った敷島浩一、浜辺美波(23)が焼け野原の戦後日本を単身で強く生き、戦争帰りの敷島と出会う大石典子を演じた。撮影は22年3~6月に終え、VFXを製作し、本編は5月に完成した。

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