二宮和也、不惑の抱負「好き嫌いなく、よく食べましょう」の真意は「これからは自分で自分に刺激を与えないと」
2024/01/23

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後輩からも刺激を受けながら現在の仕事を楽しんでいるという二宮和也(カメラ・小林 泰斗)

 嵐の二宮和也(40)が語る3日連続の独占インタビュー最終回。昨年10月にスマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)を退所して以降も、事務所やグループの垣根を越えてYouTubeなどで仲間と活動するニノは、“不惑の抱負”として「好き嫌いなく、よく食べましょう」というフレーズを掲げた。その真意を聞いた。(取材・構成=田中 雄己)

 「ひょうひょうとした」と形容されることも多い二宮だが、退所後に悩みや迷いにも駆られた。事務所やグループの垣根を越えた活動を継続するにあたってもそうだった。

 「(中丸雄一、山田涼介、菊池風磨と出演するYouTubeチャンネル)『よにのちゃんねる』でいうと、他事務所の人間が絡んでいる中で、見てくださる方がストレスを感じることなく、今まで通り…なのか分からないですけど」と話すと、一拍置き、「でも、今まで通り見てもらっている感じがして」

 肩で息を吐き、安堵(あんど)したような表情を浮かべた。21年4月に開設した「よにの―」の登録者数は、現在も右肩上がり。428万人を突破している。

 「『グループの垣根を越えた』という、うたい文句で始めたんですけど、退所後も『4人でやってきたことだから続けて』と旧事務所スタッフに言われたことは感謝ですし、変わらずに見てもらえているならありがたいです。(事務所名変更が決まり)一度更新が止まりましたけど、その期間も見てくれている方がいて。

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見たい思いや応援してくれる気持ちを受け取りましたし、本当にうれしかった」

 「よにの―」では、後輩やジュニアを紹介することも多いが、ニノ自身も後輩から刺激を受けている。話題は、44年ぶりにスマイルアップ勢が出場ゼロとなったNHK紅白歌合戦に。

 「『たら・れば』の話になっちゃいますけど、もしかしたら、ここに後輩たちが立っていたかもしれないよなって。でもみんなそれぞれに配信を頑張っていて」

 YouTube生配信の最大同時接続数の日本新記録(133万)を樹立したSnow Manを始め、多くのグループがライブ配信でファンと時間を共有した。

 「これからどうなるかは分からないですけど、自分も後輩たちの頑張りを見て、嘆く前に頑張らないといけない気持ちになりました。『頑張っているね』とちゃんと“親元”に届くように。(自分を)大きくしていただいた恩を返すことを考えるようになりました」

 言葉の端々から27年間在籍した“古巣”への愛着や、所属タレントへの愛があふれ、伝わってくる。

 「本当は、あそこでお世話になっている時に、もう少しお芝居という表現を広げたい部分は、正直あった。いろいろなことができないかなと考えていたんですよね」

 正対して、1時間がたった。初めて視線がそれ、声のトーンは低くなった。

 「世界やアジアもいいですが、好きな人と好きなことをやっていくといいますか。例えば(事務所を)辞めた人と共演したり、そんなことをいろいろ考えていたんですけどね。

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気づいたら自分が辞めていて。今は、こちらが一緒に共演してくれないかなって思う立場ですけど」

 ジョークを交えて笑いに変えたが、少し寂しそうだった。直後、昨年6月に40歳を迎えたことを尋ねると、再び視線が合い、笑顔に戻った。「好き嫌いなくしてよく食べようと思っていて」。その真意を聞くと、「やりたいものをやって満足というのは、違う。『チャレンジできたね』と言える年にできたら」と続けた。

今後の活動について思いを巡らせた二宮和也

 「(独立して)僕がずっとハンドルを握って運転しているので、自分が好き好んだ傾向や、ある一定のゾーンにいると落ち着くとか、偏った仕事のやり方になりかねない。事務所にいる時も『打席に立たせてもらえるなら打率を残したい』と思ってポップな作品を避けたり、ラブストーリーに触れなかったりしましたけど。(映画監督の)タカハタ(秀太)さんから『ニノのそういう作品を見たい人がいる』と言われて、初めて恋愛映画(『アナログ』)に出させていただいたりして」

 自身の言葉を反すうするように一度、二度とうなずいた。

 「これからは、自分で自分に刺激を与えないといけない。映画や作品を作り続けることも一つの正義ですけど、『しんどいことを極力避けない』『地方にずっといる』など、今まで足が進まなかったことに取り組んでいく。『ここが足りないから、これをやってみたら新鮮じゃないかな』とか。どこか客観的に見て。

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そうでないと、独立させていただいた意味がない」。思いが込められた強い語尾に、少し照れたように笑い、続けた。

 「今は、いろいろな所に顔を出させてもらえているので、今後も好き嫌いなくいっぱい食べていきたいですね」

 取材後、目の前で私服に着替えたニノは、帰り際に言った。「うれしかったです。じゃあ、また」。四十で新たな道を選択したが、ニノは変わらない。「嵐」も俳優もYouTubeも何でも食わず嫌いなく全部やる。四十にして惑わず。琥珀(こはく)色の目に迷いはなく、輝いていた。=おわり=

◆堂本剛&中丸雄一の結婚祝福

 二宮は、年明けに結婚を相次いで発表したKinKi Kidsの堂本剛(44)と、KAT―TUNの中丸雄一(40)を祝福した。

 「中丸は、報告を受けて『おめでとう』と。初詣に行ってきたので、その時にご祝儀を渡しました」と話した。一方の剛は「全く連絡先を知らなくて」。X(旧ツイッター)でポストすることも考えたが「それは後輩として間違っているなと」と、会った際に祝いの言葉を伝える予定という。「でもお相手(百田夏菜子)が番組とかでも絡んでいる後輩さんで。急に“姐(ねえ)さん”になるのかって(笑い)。いろいろありますけど、年明け早々本当に幸せなことでしたね」と笑みを浮かべた。

【取材後記】 入室直後。二宮は「暑くないですか?」と室温を気にかけてくれた。取材前後も「いいネタないのに耐えられますかね?」

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「煮え切らない答えで、申し訳ありません」。国民的グループのメンバーであることを忘れてしまう優しさと謙虚さに、会う度驚いてしまう。

 1時間超のインタビュー内で、何度か名前を呼びかけられた。通常の取材では珍しいことで、思い返すと、昨年行った櫻井翔と相葉雅紀のインタビューでも同様の場面があった。松本潤とは、ファンも含めた数百人が参加したイベント後に顔を合わせた瞬間、「先程もお世話になりました」と頭を下げられた。端の席に座っていたのに…と視野の広さに驚いたことがある。

 ニノに、嵐に共通するのは、常に真摯(しんし)に人に向き合う姿。真っすぐな思いを記者に伝え、その後ろにファンの姿を見ている。ニノの独立した理由も、全ては人のため。そんなことを問うと、返ってきた言葉は「一人でしているようで、皆に支えられているのは変わらないですけどね」。どこまでいっても愛すべきニノだ。(田中 雄己)

◆二宮 和也(にのみや・かずなり)1983年6月17日、東京都出身。40歳。96年にジャニーズ事務所(現・スマイルアップ)に入所。99年に嵐としてシングル「A・RA・SHI」でデビュー。2006年にTBS系ドラマ「少しは、恩返しができたかな」で橋田賞受賞。同年「硫黄島からの手紙」でハリウッド映画初出演。15年「母と暮せば」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。18年「検察側の罪人」で報知映画賞助演男優賞を受賞。血液型A。

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