コーヒーで旅する日本/四国編|里山で人の輪を広げる拠り所。手回しロースターとの出合いから始まった「豆ちよ」の物語
2024/01/23

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全国的に盛り上がりを見せる。飲食店という枠を超え、さまざまなやカルチャーと溶け合っている。を挟んで、4つの県が独自のを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のターやが、各地で新たなカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠で回を重ねていく。

四国編の第12回は、地方創生のロールとしても注目を集める神山町で、にした「豆ちよ焙煎所」。店主のさんは、を機に、関東から徳島に転居。その時に携えてきた手回しターが、開業に至るきっかけだった。初めは自家用だったは、出店を通じて多くの人に広まり、そのつながりの輪が店のさらなる魅力につながっている。時にの展示や読書会の場にもなるここは、単にを販売するだけでなく、山間の小さな町と多くの人をつなぐ、新たな拠り所でもある。1台の焙煎機から始まったは、今もこの町とともに新たなページを刻み続けている。

|孝子(ちよだ・たかこ)

()、生まれ。のころは音楽活動。結婚を経て自然に囲まれた暮らしに惹かれ、にいすみ市、に徳島へと2度の転居を経て、知人に譲り受けたターを使って、自宅での焙煎を始める。その後、「豆ちよ」としてでの出張喫茶や豆の販売を。神山町の民家改修のテに応募し、に実店舗を。

■始まりは、偶然手に入れた手回しター

四国一の大河・吉野川の支流、鮎喰川に沿って、街から車で約1時間。連なる山々の懐に開けた神山町は、古くは林業で栄えた町で、温泉もあり、近年は先進的な地方創生の取り組みで全国に知られる

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だ。「豆ちよ焙煎所」があるのは、町役場のある町の中心、寄井商店街の中。店先まで来ると、店主のさんと常連さんの明るい話し声が聞こえてくる。

「神山町はの道筋でもあり、今は県外から町の視察に来る方も多いですね」というさん自身も出身は横浜。自然豊かな暮らしに惹かれて、都会を離れてから、はや10年になる。「震災を体験して、うえでのが大きく変わりました。改めて、家族での暮らしを楽しむ場として浮かんだのが、以前、組んでいたの実家のある徳島を訪れた記憶。徳島の方々がとても優しくて、もおいしかったから、いつか住んでみたいなと思っていた場所だったので、その年のうちに引っ越してきたんです」。その時、携えてきた、1台の手回しターが、この店のの始まりにある。

「焙煎を始めたきっかけは、このターと出合ったことです。引っ越しを手伝った友人から譲り受けました。焙煎の経験はありませんでしたが、何か「ピン」とくるものがあり、引き取りました」。自分たちのために始めた焙煎だったが、やるほどに楽しみを見出していったさん。やがて界隈で開かれる市やに出店して、自らが焙煎したを提供するようになった。「が小さかったので月一回くらいのでしたが、自分が作ったものに対して、と言われるのがうれしくて」と、を通して、見ず知らずの土地で友人を広げる機会にもなった。

やがて、“どこに行けば豆が買えるの?”との声も増え、ある時お客さんのがに豆を販売する会を設けてくれた。

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「やの多い土地柄だから何とか今の形につながりました。地方暮らしを続けるうえでの仕事としてもを中心に展開することが自分には向いているかな、と」。当時は、が寝付いたあとの深夜、手回しのターで豆を焼くのが日課に。の焙煎は新たな暮らしの支えとなった。「の連続でしたが、だからこそおもしろいと思えた」というさん。続けるほどに興味が広がり、知りたいことが増えていった。特に産地について知りたいと思い、門を叩いたのが、前回登場したSHIMA WOだった。「小原さんはに対する深い造詣と愛があり、相談を重ねるたびに惜しみなくご自身の経験をしてくださいました。を楽しむ人が増えるのはとてもうれしいから、という姿勢が多くの方から信頼を得ている源だと思います」と振り返る。

■新たな拠点として焙煎と豆の販売を

地元の人々や業界の先達、で知り合ったお客とのつながりは広がり、豆の卸や出張喫茶、な豆の販売会の機会も増え、さんのは町に浸透し、欠かせないものになっていった。その間、自身もでも進歩してきたことを実感する日々。そんな生活が6、7年ほど続いたあと、転機となったのが神山町の民家改修。テ募集に、さんは思い切って手を挙げた。「徐々に焙煎量も多くなってきたことで、よりよいを安定して届けたいと思って」と、新たに3キロの焙煎機を導入し、「豆ちよ焙煎所」を開店した。

実は機械が苦手というものの、焙煎機を使い始めてからは、「深煎りだった手回しのころに比べて、焙煎機の導入により程よい量を安定して焙煎できるようになりました。

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また、数値化できる部分を数値化し、風味の再現性がより正確になったこと、焙煎の回数が減ることでさまざまな種類のや焙煎度の違いを細かく分けられるようになりました」とさん。

とはいえ、それも、長年、手回しで焙煎してきた蓄積があったからこそ。「計器類がなかったので、刻々と変化する豆の色や香り、煙の出方などを頼りに焼いていたのが、かえって今に活かされています」と、ECサイトの定期便も好評を得ている。「それぞれの豆にがついてくださり、なかなか変えられませんが、常においしくて暮らしに寄り添える価格帯の物をなるべくお出ししたいと思っています」。開店ばらくは豆の販売だけだったが、からのも。今年から登場した、カスカラは、地元特産のを使ったで、新たな人気になっている。

■人のつながりから生まれる“小さなミラクル”を楽しみに

とはいえ、この店の取り組みはを販売するだけには止まらない。ができなかった間、さんはこの空間の使い方に思いを巡らせ、の展示や読書会などさまざまな用途に広げていった。そこでも思わぬ気づきがあった。「写真家の展示の時に、作品をトした10くらいの和紙を下げて、夜もしたことがあって。その時に近所の方から“町に明かりを”と言われ、界隈に開かれた場所の必要性に気づけたんです。出会った方々といろいろな試みを続ける中で、この店がひとつのとしての役割も果たせる可能性がありました」

店内で販売するも、そんな作り手の顔が見える作品が多い。

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例えば、さんも使っている木製のは、無垢のを削って作る「知的な手」さんの作品。またのは、なんと本物のが使われている。「の豆は手摘みでキレイなので、飲むだけでなく、形を変えてその魅力を伝えられます。豆が割れてしまったら新鮮な豆と交換するアフター付きです」とさん。また、毎週火曜に入荷する菓子「」も、神山在住の女性が作っている。「自宅のご近所さんでもある高橋喜美子さんにお願いしています。お仕事をリタイヤ後に英国文化に出合い、現地でもを学ばれてきました。以前いただいたときにとてもおいしかったので当店での販売を相談。最初は『趣味だから、、』と謙遜されていましたが、町のためになるなら、と一念発起してくださいました。人生の先輩としてもとても尊敬しています」と、いまやこの菓子を目当てに来るも多い。

気づけば開店から6年、特にこの1年は店も変わったというさん。で始めた店は、が増えたことで、今まで気づかなかったことにも気づけるようになったという。「一緒にできる仲間ができたから、これからは自分のを売るというだけでなく、みんなの仕事を作る場にもしていきたいです。口コミなどで少しずつのお客様も広がり、に選んでくださる方も増えました。“もらってよかった”というお客さん、このを贈りたいと思ってもらえるお客さんが増えたのは光栄なこと。日常の飲み物であるを通じて、誰かの気持ちを支えたり、背中を押す存在になればうれしい」

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開店以来、関わる人の輪が広がり、ここに立ち寄れば、この町を知る何かに出合える、そんな拠り所となりつつある。「のすぐ横にあって、街の入口にもなりうるので、な場で在るよう心がけています。町のことについて聞かれることも多いですね。町ので入居したという経緯もありますが、そういう役割は自分でも性に合ってるかな」。そう話すさんにとって、ここは日々、小さなミラクルが起こる場所でもあるとか。「お客さん同士、偶然つながりがあることが時々あって、あまりののよさに、“そんなことってある?”というような、奇跡的な場面を見られるのは幸せなこと」。何より、この店の足跡自体も、小さなミラクルが幾重にも重なってきたもの。1台の焙煎機から始まったが、これからどんな風に広がるのか楽しみにしたい(※7月の取材を元に記事作成)。

■さんレコメンドのは「可否庵」

次回、紹介するのは、の「可否庵」。「50年続く、自家焙煎の老舗です。の近藤さんには、「店を始める前にのことやお店をするということさまざまな相談に耳を傾けてくださいました。その優しい佇まいからも学ぶべきことが多いです。娘さん夫婦が加わり皆さんのお人柄に本当に癒される、温かくてもパンもとても店です」(さん)

【豆ちよ焙煎所の】

●焙煎機/フジローヤル3キロ(直火式)

●抽出/ド(コーノ、ハリオ、オリガミ)

●焙煎度合い/浅~深煎り

●/ あり(400円~)

●豆の販売/季節のドなど約2種、

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6~8種、グラム712円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

※感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本となります。

※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・によっての対象となり、表示価格と異なる場合があります。

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